徒然なるままに、へっぽこ夢太郎(@_@)!のきままなノート !!
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宮古島・島巡り。おまけの動画投稿です。

 琉球の風アイランド
毎夜、この島ならではの唄い手が南国の楽しい夜をさらに盛り上げます。
アイランダーアーティスト下地暁さんと、娘の美波さん
宮古言葉で唄う、三線&ギターの島唄ライブをお楽しみください。

40分ありますが、お時間がありましたらご覧くださいませ。


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(20170706

 
4作目(最終回)は宮古島・池間島です。

宮古島ホテルブリーズベイマリーナ、朝のお庭散歩と池間島大橋です。




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(20170701
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 3作目は宮古島・来間島めぐり。

宮古島の砂山ビーチ、東平安名崎と来間大橋です。 



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(20170629

  2作目は伊良部島・下地島の島めぐり。

伊良部大橋を渡って、佐和田の浜、下地島空港、通り池、渡口の浜です。



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(20170627
 )

 6月23日「慰霊の日」。
先の大戦で、唯一、日本国内の一般住民が地上戦を体験した沖縄。
一般住民を巻き込み、20万余りの尊い命を奪い廃墟と化した。
半数近い9万4000人余りの戦死者は、兵隊以外の住民や子供という。
沖縄住民の4人に1人、そして、師範学校男子部の生徒を含む
若い命も戦争に駆り出され戦没したという。
「平和の礎(いしじ)」は、住民、軍人、国籍を問わず、
その数3万5千柱と言われる。

戦争は敗戦国のみならず、勝った方も多くの命の犠牲があるのだ。

戦争体験者の語り部が少なくなる中。
戦争体験がない世代に時代が移り変わり、知らず知らずのうちに
戦争に向けて歩んでいたというような事になってはいけない。
風聞に、日本社会が大戦前の状況に、何かしら似てきたという
声もありそうだ。
国のために国民は命を捨てるのが当たり前という「軍官民共生共死」。
国は私たちに再び押しつけることはないのか、
よく見極めていかなければいけない。

戦争地獄は他人事ではありません。本土の人々も、
先の大戦を見つめ、6月23日、慰霊の日の持つ意味を、
もう一度、考え直してみないといけませんね。



こんな記事を書いて不謹慎かもしれませんが、
平和な時代の先島諸島の美しい「宮古島」
5月の旅記録動画がやっと出来ましたので、
お時間がありましたらご笑覧ください。
4部作。今回は「宮古島へ行こう」です。


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(20170625