≪ 2010 11   - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 -  2011 01 ≫
Copyright
Ⓒ 2010 気まぐれな一期一會.
天気予報
最新記事
カテゴリー+月別アーカイブ
 
ブログ内の検索
FC2カウンター

★人目のご訪問者です★

biogrom

ポチッと投票ボタンを押してね!

blogram投票ボタン
リンク

このブログをリンクに追加する

Pika_Mouse
powered by
3ET
QRコード
QR
飛び回る小鳥たち

12/18(Sat)

街角のイルミネーション

print-i207.png kero98.jpg ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る~ 
クリスマスももうすぐですね 

3034f1ba.jpg 
クリスマスイルミネーションが駅前やアミューズメントパーク
そして、あちこちの街角でキラキラ輝いています。
なかには家屋やお庭いっぱいに電飾を飾って
通りがかりの人達をたのしませてくれるすごいお家もありますね。
夢太郎が見つけた街角の電飾をご紹介しましょう。
画像をクリックすると大きい画像になるよ!!
街角イルミネ1   街角イルミネ2   街角イルミネ3   街角イルミネ4

動画では動く電飾や、後半の場面ではお家から流れる静かなメロディーが
聞こえてきますので耳を澄まして聴いてみてください。
(20101218   )                 ▲ぺージの先頭へ戻る
このページのトップへ
12/11(Sat)

晩秋の山陰路~スライドショー~

このページのトップへ
12/08(Wed)

晩秋の山陰路④~舞鶴~

 2010年11月中旬 山陰の旅路より

餘部から日本海岸沿いにドライブし舞鶴港に着いた。
港には日本を守ってる最強艦隊であるイージス艦が配置されていた。
このイージス艦が他国からのミサイルを探知して迎撃してくれるようです。 

イージス艦とは、イージス・システムと呼ばれる最新鋭の防空システムを
搭載する巡洋艦・駆逐艦・護衛艦などの艦艇の総称こととありました。
「イージス」とは、ギリシャ神話に登場する最高神ゼウスが、娘アテナに与えた、
あらゆる邪悪を払う「イージスの盾」(胸当)の名称だそうよ。

そして、あのイージス護衛艦「あたご」が停泊していた。
2008年6月に漁船「清徳丸」との衝突事故を起こし、
ある意味一番有名なイージス艦かも知れませんね。
 
あたご船尾   あたご船首

舞鶴港自衛隊桟橋にはたくさんの自衛艦が停泊しており
この日は運よく見学することができた。ラッキ~
隊員さんも「敬礼」で出迎えてくれました。身を引き締めていざ乗船
隊員出迎え  イージス艦マスト  イージス艦船尾より

ミサイル装備
イージス艦ミサイル   イージス艦ミサイルハーブーン
 艦砲射撃速射砲         艦船発射型ハーブーン

さてさて
11月23日北朝鮮からの砲撃を受けた韓国の延坪島(ヨンピョンド)事件で、
東アジアが緊張状態になった今、
これらの船の活躍が必要にならなければ良いが・・・。

「晩秋の山陰路」ご視聴ありがとうございました。
(20101208    )                                            
▲ぺージの先頭へ戻る
このページのトップへ
12/04(Sat)

晩秋の山陰路③~餘部鉄橋~

 2010年11月中旬 山陰の旅路より

餘部鉄橋
地図JR山陰本線鎧駅と餘部駅の間にかかる
高さ41.5m、長さ310.7mの鉄橋で、
1912年(明治45年)に完成しました。
トレッスル式と呼ばれる鋼材をやぐら状に
組み上げた橋脚が特徴で、この種の鉄橋では
日本一の規模を誇り、完成当時には
東洋一のトレッスル式鉄橋と言われていました。

残された橋脚
既に鉄橋はそのほとんどが解体撤去され、残された3本の橋脚等は
今後展望施設などとして整備が計画されています。 
 
鉄橋民家の鳥    余部鉄橋残り 
 橋脚を見つめる鳥 

 新しい橋梁
余部新橋梁安全性と定時性確保のため、2007年3月から
JR西日本により余部鉄橋は新橋梁に架け替えられました。
新しい余部橋梁は現在の鉄橋より6m南側に、
長さ310m、幅員7.5m、高さ41.5m、橋脚4基、橋台2基の
規模の橋がに架かり、強風対策として、橋げたの上に
高さ約2mの透明板を設置されています。

新橋梁のレール
トンネルを抜けると、新しく併設されたコンクリート橋では
レールがこんなに曲がっていました。




 新橋梁に電車が通る
余部電車通過1 余部電車通過2 余部電車通過3

新・余部橋梁 ~車窓~
お借りした「YU TUBE」の動画でご覧ください。


次回は「晩秋の山陰路④」です。
(20101204    )                                               ▲ぺージの先頭へ戻る
このページのトップへ
12/01(Wed)

晩秋の山陰路②~倉吉~

 2010年11月中旬 山陰の旅路より

赤瓦と白壁土蔵群
倉吉のまちの中を流れる玉川沿いに
江戸・明治期に建てられた白壁土蔵群代表される街並み。
今でも当時の面影を見ることができます。
 
白壁土蔵群     赤瓦屋根
白い漆喰壁に黒の焼き杉板、屋根には赤い石州瓦の倉吉独自の風景は、
つい時を忘れ、時間がゆっくり流れていくのが感じられます。
こだわりのお店やギャラリー、郷土玩具の工房など十の蔵から成り、
お土産などの買い物はもちろん、イベントや体験などお楽しみがいっぱいだよ   
 
たまちゃん
たまちゃん
東京多摩川のアザラシたまちゃん 
いえいえ、倉吉玉川のたまちゃんですが、
こんな浅い川ですから実在は有りませんとのこと。



赤瓦一号館

古い大きな醤油屋のもろみ工場だった一号館。
小屋裏(屋根裏)が複雑に組まれていました。
 赤瓦一号館     赤瓦一号館小屋裏
ここにはこだわりのショップが並び、各種倉吉特産品をはじめ、
手作りアクセサリー・ちりめん細工の店、喫茶などモダンな空間が広がります。

打吹流しびな
けがれを払ってから川に流すという「流し雛」の
風習が 玉川でも 行われていましたね。




琴桜記念碑
琴桜第53代横綱「琴桜」(前佐渡ヶ嶽親方)は倉吉出身で、
その偉業を称え銅像が造られていました。
郷土をこよなく愛し、春恒例の「桜ずもう」には
佐渡ヶ嶽部屋の力士とともに参加しており、
名誉市民に選ばれていましたとか。


次回は「晩秋の山陰路③」 です。
(20101201  )                
▲ぺージの先頭へ戻る
このページのトップへ
ホーム 次のページへ