★☆ 夏の夜空といえば花火、素敵な花火を打ち上げましょう! ** パーツ下部のアイコンをクリックすると、花火の色や形を変えたり出来るので時間があるときに遊んでみてね! **

Copyright

Ⓒ 2010 気まぐれな一期一會.

天気予報

最新記事

カテゴリー+月別アーカイブ

 

ブログ内の検索

FC2カウンター

★人目のご訪問者です★

biogrom

ポチッと投票ボタンを押してね!
blogram投票ボタン

リンク

Pika_Mouse

powered by
3ET

QRコード

QR

飛び回る小鳥たち

まとめ
≪ 2017 07                                                2017 09 ≫
 - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - -
今回の旅路、お城がむしょんよか熊本に着きました ばってん、
相変わらず好天に恵まれて・・・、えらいよかお天気についてたね

(翻訳:今回の旅路、、お城がかこいい熊本に着きましたけれども、
相変わらず好天に恵まれて・・・、とても良いお天気についてたね~) 


熊本城
日本三大名城のひとつに数えられ別名、銀杏城(ぎんなんじょう)とも呼ばれている。
加藤清正が天正16年(1588)に、優れた土木・築城技術を発揮して完成させました。
清正は特に石垣造りを得意とし、「清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に
御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられています。
熊本城では、始め緩やかな勾配のものが上部に行くにしたがって垂直に近くなる
「武者返し」と呼ばれる形状の石垣を多用しています。
明治10年西南戦争の際に消失し、昭和35年(1960)に天守閣が復元されました。

熊本城 長塀  熊本城 長塀内側
   戌亥櫓と西大手門の間の長い塀       内側から眺めた長塀

西大手門をくぐり頬当御門(ほほあてごもん)をくぐると熊本城天守閣が眼前に迫る。
  熊本城天守閣
大天守閣(右)と小天守閣。2つはつながった連立天守閣となっている
大天守閣は3層6階地下1階で高さ約30m、小天守閣は2層4階で高さ約19m。
天守台の石垣、下は30度程で緩やかであるが、上端では75度の絶壁で
「武者返し」となっている。 

   熊本城天守閣2     熊本城天守閣本丸御殿
左は小天守閣最上階から眺めた大天守閣上層。 右は天守より眺めた本丸御殿

本丸御殿の復元は平成20年(2008)にが落成されました。
大御台所
天井部の小屋組み。火を扱うので、煙を抜かす窓が開いて、熱せられないような構造の
高天井となっている。
本丸御殿御台所天井部   本丸御殿本膳料理
右写真は万延元年(1860)の細川藩主慶順に供された本膳料理ニ汁七菜。

左写真は本丸御殿大広間。広間の奥に藩主が家臣と対面した若松之間18畳が見える。 

本丸御殿大広間  本丸御殿若松之間
     大広間                    若松之間襖の奥は「昭君之間」 
  
昭君之間
床、棚、付書院を備え、障壁画には中国の故事「王昭君」の物語が描かれている。
王昭君の故事を引用してみました。 
「昔、漢の時代(西暦紀元前1世紀)に匈奴(フンヌ)の王が漢と友好条約を結ぶにあたり、
後宮の女を一人ほしいと申し出た。当時の宮廷には、皇帝が覚えきれないほど沢山の
女がいて、どれを嫁がせていいのかわからなかった。当時は写真がなかったので、
画工に命じて女たちの似顔を描かせ、一番醜いのを与える事にした。蕃地へ行きたくない
女たちは、画工に金をつかませて、なるべく自分を美しく描かせた。ところが、王昭君は
これは素晴らしい美人であったが、根が正直すぎて画工に金をやらなかったものだから、
ひどく醜い顔に描かれ、そのため選ばれてしまった。これが世間の同情を呼び詩や劇と
なって後世まで語り伝えられるようになった」というのです。

下地に金箔を重ねて描かれた極彩色の障壁画が眩いほど美しい。
昭君之間 床の間 

昭君之間 昭君之間 天井
さて、この昭君之間の玉座には誰が座るのであろうか?
時は関ヶ原の戦を終えて天下の形勢は徳川になると察した加藤清正は、豊臣秀頼が京都
二条城にて徳川家康に謁見するとき、秀頼に付き添って、もし秀頼に禍があった時には
懐刀で家康と刺し違えようとしていた。清正の豊臣への絶大な忠誠心は、秀頼が大阪城を
追われた際に、この熊本城の本丸御殿昭君之間に迎えようとしていたという説もあるそうです。
なぜ、清正は「王昭君」の絵を描かせたのであろうか?、ひょっとして、王昭君と秀頼をダブらせて
いた想いがあるのであろうか? ミステリーですね。

熊本城桜の馬場「桜の小路」
郷土料理しか味わえないメニューなど、熊本県ならではの食文化を目と舌で堪能できる飲食店。
伊勢神宮の「おかげ横丁」のような雰囲気である。

熊本城桜の馬場「桜の小路」   熊本城紅葉
                                 
お城の紅葉も見ごろでした。 

南九州の旅路、ご笑覧ちょーじょーございました(熊本弁)
南九州の旅路、ご笑覧ありがとうございました<完>

(20111217 )

テーマ : 旅先での風景 - ジャンル : 旅行

<< | ホーム | 南九州の旅路 -Ⅵ- 霧島 >>

コメント

No title

拝見いたしました、なかなか立派な城下町ですね、Gucciは熊本というと水前寺公園と阿蘇を思い出します、加藤清正も大したお城の設計者ですね。
次は何処へお出かけでしょうか、楽しみにしています。GOOD LUCK
.


Re: No title

次は自宅へ帰いもす。

コメントの投稿

URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 ホーム